司法書士とくの日記(ブログ)

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相続放棄の熟慮期間

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夜間痛はひどく(痛み止めや湿布は効果が薄く、耐え忍ぶしかない)、

(伸縮性のない)スーツやワイシャツは、(脱着の際)拷問器具と化し、

五十肩(左肩、左腕)の痛みは続く・・・

 

さて、次のような相談

「市役所から、あなたが相続人なので・・・と、亡くなった兄が住んでいた市営住宅の滞納家賃の支払と、家財道具の撤去依頼の通知が届きました。」

「兄が亡くなったことは知っていましたが、兄とは疎遠で、兄の生活状況など知りませんでした。私は年金生活で経済的に余裕はなく、兄が亡くなってから、すでに半年ぐらい経っていますので、相続放棄もできず、困っています・・・」

 

その通知を見せてもらい、状況を確認すると、亡くなったお兄様には子がいたが、子が全員、相続放棄をしたため、兄弟姉妹(先に亡くなっている兄弟姉妹の、甥姪含む)あてに、このような通知がなされていることが判りました。

兄が死亡してからは半年ぐらいたっていますが、この通知が届いてからは、まだ3カ月経過していません。

 

相続放棄できますよ」

 

「えっ?兄が亡くなってから半年ほど経っていますが・・・、3カ月以内にしないと、できなくなるのではないのですか?」

 

この方の場合、(子が相続放棄をしたことは知らず)この市役所からの通知で初めて自分が相続人になったことを知ったので、そこから3カ月以内であれば大丈夫です。

 

民法915条の条文文言の範囲内なので、当然できます。

民法915条 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。

 

上記の事例は、当然にできますが、

この3カ月の熟慮期間の起算点は、判例等でかなり緩和されています。

 

基本は「死亡と、自分が相続人になったことを知った時から」になりますが、この3カ月の間に相続放棄の手続をしなかった、もしくはできなかった、なんらかの特別な事情があれば、その「具体的な事情」によっては、(熟慮期間の起算点の緩和により)相続放棄の申述は受理されるような運用になっています。

 

最高裁判所昭和59年4月27日判決

民法915条1項本文が相続人に対し単純承認若しくは限定承認又は放棄をするについて3か月の期間(以下「熱慮期間」という。)を許与しているのは、相続人が、相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた場合には、通常、右各事実を知つた時から3か月以内に、調査すること等によつて、相続すべき積極及び消極の財産(以下「相続財産」という。)の有無、その状況等を認識し又は認識することができ、したがつて単純承認若しくは限定承認又は放棄のいずれかを選択すべき前提条件が具備されるとの考えに基づいているのであるから、熟慮期間は、原則として、相続人が前記の各事実を知つた時から起算すべきものである。

ただし、相続人が、右各事実を知つた場合であっても、右各事実を知つた時から3か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が前記の各事実を知つた時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である。

 

東京高等裁判所令和元年11月25日決定

被相続人の固定資産税に関する市役所からの文書を受領したことによって被相続人の死亡の事実及び自分たちが相続人になったことを知ったが、代表者の1人が相続放棄の手続をすれば足りると誤解して、相続人の1人だけが相続放棄をしたという事案)

Xらの本件各申述の時期が遅れたのは、自分たちの相続放棄の手続が既に完了したとの誤解や、被相続人の財産についての情報不足に起因しており、Xらの年齢や被相続人との従前の関係からして、やむを得ない面があったというべきであるから、このような特別の事情が認められる本件においては、民法915条1項所定の熟慮期間は、相続放棄は各自が手続を行う必要があることや滞納している固定資産税等の具体的な額についての説明をXらが市役所の職員から受けた令和元年6月上旬頃から進行を開始するものと解するのが相当である。

相続放棄の申述は、これが受理されても相続放棄の実体要件が具備されていることを確定させるものではない一方、これを却下した場合は、民法938条の要件を欠き、相続放棄したことがおよそ主張できなくなることに鑑みれば、家庭裁判所は、却下すべきことが明らかな場合を除き、相続放棄の申述を受理するのが相当であって、このような観点からしても、上記結論は妥当性を有するものと考えられる。以上

 

「法の不知はこれを許さず」ということわざがありますが、この決定では(死亡の事実及び相続人になったことを知ってから3カ月経過していた事案)、代表者の1人が相続放棄の手続をすれば足りると誤解していた場合でも、それがやむを得ない面があるときは、(起算点の緩和により)相続放棄の申述受理が許されるとされています。

 

その他、相続財産は認識していたが、(事情により)多額の借金があることの認識がなかった場合や、自分が相続人として承継することはないと信じ、そう信じたことに相当な事情(理由)がある場合など、(相続人になったことを知ってから)3か月を超えていても受理が認められたものがあります。具体的な事情が重要となります。

 

家庭裁判所の裁判官をされていた方が講師の研修を受けたことがありますが、「知ってから3カ月の期間を超えている事案でも、事情があれば、受理しており、却下することはほとんどなかった」と言われていたのを覚えている(ただし、ケースバイケースで、裁判官によっても異なるよう)。

 

このように、熟慮期間3カ月の起算点を事情により遅らせて、相続人が放棄できる機会を拡大している理由は、まず3カ月という期間が短いのと、相続放棄の申述受理手続きは、相続放棄の有効無効を確定させるものではなく、受理されても相続放棄の有効無効は別に裁判で争うことができるということがあります(この辺は、遺言の検認(遺言の有効無効を判断する手続きではない)となんとなく似ています)。また、相続人と相続債権者のどちらを保護すべきかという利益考量も働いているのではないかとも思われます。

 

最高裁判所令和元年8月9日判決(再転相続の例)

甲→乙→丙(順次相続)

民法916条の趣旨は、乙が甲からの相続について承認又は放棄をしないで死亡したときには、乙から甲の相続人としての地位を承継した丙において、甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択することになるという点に鑑みて、丙の認識に基づき、甲からの相続に係る丙の熟慮期間の起算点を定めることによって、丙に対し、甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択する機会を保障することにあるというべきである。

再転相続人である丙は、自己のために乙からの相続が開始したことを知ったからといって、当然に乙が甲の相続人であったことを知り得るわけではない。また、丙は、乙からの相続により、甲からの相続について承認又は放棄を選択し得る乙の地位を承継してはいるものの、丙自身において、乙が甲の相続人であったことを知らなければ、甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択することはできない。丙が、乙から甲の相続人としての地位を承継したことを知らないにもかかわらず、丙のために乙からの相続が開始したことを知ったことをもって、甲からの相続に係る熟慮期間が起算されるとすることは、丙に対し、甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択する機会を保障する民法916条の趣旨に反する。

民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が、当該死亡した者からの相続により、当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を、自己が承継した事実を知った時をいうものと解すべきである

なお、甲からの相続に係る丙の熟慮期間の起算点について、乙において自己が甲の相続人であることを知っていたか否かにかかわらず民法916条が適用されることは、同条がその適用がある場面につき、「相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したとき」とのみ規定していること及び同条の前記趣旨から明らかである。

再転相続と放棄って、めっちゃくっちゃ、ややこしいわ - 司法書士とくの日記(ブログ)